気がつけばいつもあなたがいた いつまでも枯れない愛で 抱きしめて

気づけばいつの間にこんなに…。

推しのことを大好きになっていたんだろうって思います。

 

元々は「今後は推しを作らないオタクになる!」と思っていたのに

好きになってしまったらあっと言う間

もうどうしようもなく推しが大好きです。

顔は整ってるけど一番好み!ってわけじゃなかったのに、「真面目な人だなぁ」って思ってただけだったはずなのに

今はふとした瞬間に推しのことをつい思い出しちゃう。定義はわからないけどこれってガチ恋的な気持ちなのかなあって思います。

 

本当は推し代が卒業してしまったら

かわるがわる彼らの舞台にちょこちょこ通う人になる予定だったのに、

現状推しに関してしか全くリソースが割けていない。

まずい、まずいぞこれは。

すごく楽しいけど推しに万一があった時に何のリスクヘッジもできなくて爆死するやつだもんこれ。

彼は性格が大人だし、ショービジネスっていうことをわかってるな、一々賢いなって思うから中々炎上とかはしないと思ってるけど、でも結婚するときはいきなりだしね…。(気が早い?)

ああ、とにもかくにも推しだけをこんなに好きになりたくなかった。

 

私は本来は割とDD、というか優しい子達がみんなで力を合わせて切磋琢磨しているという状況が好きなので(だから正直協調性がないタイプや性格がキツい子、周囲に配慮がない子は苦手です。)

その中でこの人が推し!ってなるきっかけがあんまりなかったりします。

そういう中で推しのことが気になり始めたきっかけは、恥ずかしいのですが推しからのファンサでした。

 

トークが多いイベントで、たまたま私がそこにいたからかもしれないし、

推しが私に気づいてくれたのかもしれないし、それはずっとわからないのですが

話の流れで決め台詞を披露する場面で、思い切り私を見て発してくれたことが本当に衝撃的で今も覚えています。

 

ファンサの話って難しいですね。

こうして書いてても私自身「勘違いじゃない?」って思うし、

その場にいた人に聞いてみたいけど、私は基本一人参戦だから証人がいないし…。

 

ただ、実際は勘違いでもそういう夢を見させてくれるという時点で

明らかに客席に向かって投げられたファンサというのは意味があると感じています。

 

推しはそういう夢を見させてくれるのがすごく上手い人だと感じます。

彼は人の顔を覚える才能に長けているようで、推しの現場に何回か通ううちに私自身も早々に把握されてしまったようでした。

私は正直「この人は俺のファンらしい」という程度の認識をされたら幸いとくらいは思うのですが

私自身をはっきり認知されることは本当はあまり望んでいませんでした。

でも狭い若手俳優界隈で現場に通っていれば、それがお気に入りのファンでもそうでなくても、彼らが覚えてしまうのは致し方ないのだとは思います。

 

ただ、私はお金をたくさん落とせるオタクでもないし、豪華なプレゼントを差し入れられるわけでもない、若くもないし引け目がありました。

自分の存在が彼に気づかれてしまうことで、彼の反応を一々気にしてしまうだろうことがとても憂鬱でもありました。

この前の現場でも「いつも来てくれてる子がいないと『あの子どうしたのかなあ』って気になる」と発言しており、

そういう意図はなくてもこの人のオタクをやっていると出席確認されてしまうな…とチケット代もままならない弱いオタクは震えました。

 

それなのに彼がオタクに夢という飴を与えるタイミングは本当に素晴らしくて…

「ファンサ目当てで舞台に通ってるわけじゃないもん!」と言いつつも、

忘れた頃や期待していないタイミングで差し込まれるそれは強く胸に焼き付いてしまします。

 

この前まで出演していた舞台は、いわゆるファンサ舞台ではないので

本編中にそうした場面が差し込まれることはなかったのですが

いつも最後のカーテンコールの場面で、私や、私以外の自分のファンの顔をさっと見つけ、その人に向かって笑顔や指差しのファンサが散りばめられていました。

 

ステージに近い席も遠い席もある中で、ついつい彼を追ってしまっていると

彼は客席に顔を向けた際にさりげなく自分のファンの顔を探して(いつ探しているのかは全然わからないのに、気づいたらファンの座席を把握している様子)

その人が自分の対応できる範囲内にいれば自分のファンにファンサをしてあげているんだなあと感じられました。

 

あれだけ大勢の顔、顔、顔…

ましてや女性なんてメイクや髪形や服装で大きく印象が変わりやすいのに

その中でしっかりとファンを見つけ出す彼の視野の広さと洞察力は素晴らしいなあと感じていました。

 

彼は私のことも視界の範囲内にいれば見つけてくれて、私にも同様に笑顔と指差しのファンサを与えてくれました。

収録日には私が前方席にいたこともあって、ワンフレーズを私をまっすぐ見て歌ってくれたことすらありました。

その日の映像を見返すと、今もその時の気持ちが蘇って泣きそうになります。

お芝居を観に行っているのだから、ファンサが目当てじゃないとしても

今私を見つけてくれた!舞台に立っている貴重な一秒を私にくれたんだ!と思うとどうしようもなく嬉しく感じてしまいます。

 

もう一つ、ファンサをもらえて嬉しい理由って

「少なくとも私のことが嫌いじゃないんだ」

「私がこの場にいることで『俺のファン1カウント』になれたのかな?」

って感じられることだと思います。

 

書いていて思い出したのですが、彼の個別の現場に行った時に一度激しく干されたことがありました。 

 そのときはキャパは今までより大きくなっていたものの、私は割と前方にいたのにまっっったく目が合わなくて!私のすぐ近くの子にはファンサしてたのに笑

「あ、干される、ってこういうことなんだ…」と呆然としていました。

それまで彼の個別現場に通うようになってから、最初の一回目を含めていつも万遍ないファンサの一部の恩恵を受けていたし、

それ以上に大きい舞台でもファンサを投げていてくれていたので本当にショックで

現場の本来の内容が全く頭に入っていませんでした。

 

ショックなのはもちろん干されているという事実もそうですが

推しに何らかの理由で嫌われた?と感じることがとても辛かったです。

 

別に究極干されていても姿が見られれば幸せだし、ファンサを与えようと思ってもらえなくても嫌われてさえなければ何でもいいんです。

でも私と推しとの間にはそういうことを推し量るための人間関係がない。

認知されてしまった限りは、ファンサの有無が彼に嫌われているかどうかの指標にどうしてもなってしまいます。

 

それを肌身で感じたらどんどんそうなりたくないと思っていた方向に突き進んでしまっている自分を自覚してぐるぐるしてきてしまいました。

「あぁ~思ってた平和なゆるおた生活と全然違う躁鬱生活がスタートしてるよぉ~」と会場の真ん中で頭を抱えそうに…。

  もしかして言動とか顔とかお手紙とかコメントとかの何かが気に障ってしまったのかしらと思うと、胸がふさがる思いでした。

 

しかもその時の現場は終演後にチェキが予定されており、

クソビビリオタクな私は「チェキ撮るときに更に嫌われてるって実感したらどうしよう。帰り道に自殺しちゃう。」ともはやチェキの列に並ぶことすら躊躇していました。

なのですが、現場にいる友達は本当に優しい女ばっかりなので*1

「え~一緒に並ぼうよ!」と誘い合わせてくれたので、現場後のハイも相まって

「う~ん!!じゃあ、撮っちゃうーー!!!><」と列につくことにしました。

 

実際にチェキの時にはいつも以上に優しい推しで、こちらが希望する以上の対応をしてくれたり、

チェキ後の会話も向こうから切り上げるわけではなく、むしろ去り際に更に推しが話しかけてくれたりして「少なくとも嫌われているわけではないみたい…。」とようやくほっとして生きて帰宅することができました。

 

結局あの時なぜあの一回を完璧に干されたのか未だに理由はわかりません。

 私はこの干され事件について周りの友人にも何も話していません。誰もこんなこと聞きたくないだろうし…笑

更にとても推しにそんなことで私みたいな弱いオタクが死に掛けていたなんて知られてはいけないので、もちろん表立って何のリアクションもしていません。

 

彼からすればその日は新規を取り込みたくて既存のオタクなんか相手にしてられねーよ!って日だったのかもしれないし

もしかしたら本当に何か気に障ることをしてしまった⇒でもその後の接触でリカバリーできたってだけのことだったのかもしれません。

 

真実は推しのみが知るというわけですが、

それ以降は現場に行って視界に入りさえすればまた必ずファンサをくれるようになりました。

もちろん大勢の方に投げている内の一つです。

自分のファンと認定した人間にも継続的に飴を与えてくれるその営業力、本当にさすがです…。

そして何より、一公演につき一度でもファンサをもらえることで「よかった!嫌われてない!」と実感できることが本当に幸せです。

 

今は俳優さんへコメントやお手紙で比較的手軽にアクションを取ることができますが、

それはけして双方向コミュニケーションではないので、私はいつも何かを送る度に

「この言葉で彼は嫌な気持ちになったりしないかな?」とか色々考えてしまいます。

お手紙なんかは特にすごく長くなってしまいがちなので、「あぁ~どこかに彼にとって気持ち悪い表現があったらどうしよう~」と、送った後に病みがちです。(難儀な人生)

 

だから余計に、彼が私に向けて微笑んでくれるとうれしい。

それが特別なものじゃなくてもいい。

彼にとっての「不快じゃないファン」になれてるならそれが一番うれしい。

 

最近は継続的に現場に通えているせいか、なんとなく「現場によくいる安パイなファン」になれたのかなあって気がしています。

 

彼との諸々のやり取りも、優しいと同時に少しの気安さを感じることが増えてうれしいです。

コメントを楽しそうに拾ってくれたり、私のコメントが助け舟になる瞬間があることや、

推しが話しているときに相槌代わりにうなずくと、うなずき返しながら話してくれることや

私と話せる場面では話しかけようとしてくれること、

少し雑な気安そうなつっこみを入れてくれること笑

 

私と推しとの間には、永遠に人間関係は築けないけど

でもその枠組みじゃなくても心が通っているのかも?と思えることが幸せに感じる

そんな贅沢を知ってしまいました。

 

だから結局推しのとりこです。

浅く広く楽しいゆるおた生活はまだやって来そうもなく…。

いつ現実に戻れるのかなぁ。

 

 今は推しの事務所も売り時だとわかってくれてるのか本当に贅沢なくらい推し供給が多くて…。

きっとこれから人気が出たら細かい供給は減るだろうし、

ぶっちゃけ売れなければ売れないなりの仕事量になっていくだろうし。

きっと正直今が一番楽しい時間なのかなって思いながら幸せをかみ締めてます。

 

だからまだ現実なんて見られない。

私が動けるオタクでいることも、女としてまだギリギリ見られるのもあと少し。

 そのあと残りわずかな時間を、今の推しに捧げさせて!って思ってます。

 

まあ私は血も涙もない女なので、もし推しが女ネタで炎上したら降り…………………ないで、現場に通う頻度を下げながら「ちょうどゆるおたになりたかったんだぜ!」と吹聴することにします。

 

*1:本人もよくおっしゃっているのですが、推しの現場にいる子達は本当に穏やかで優しい子が多くて、いつも現場の雰囲気がいいのが彼を推し続けられる一因だなあと感じています。なので友だちでなくても、いつも一緒に現場にいるファンの子たちの顔を見るとほっとするし、そういう皆さんに感謝しています。