オタクと結婚と現実と

※推しごとでも推しのことでもなく、私のことに関するブログですみません…。

 

昨年秋に結婚しました。

相手はオタクでもない、いわゆる普通の人。むしろスポーツが好きな人です。

 

彼はオタクではないのですが、オタク趣味には大変理解のある人で

結婚する前のクリスマスのデートの際に

「ねえテニミュのチケット譲ってもらえることになったから今から行ってきていい!?」

という私の狂気としか考えられない発言にも

「いいよいいよ~行っておいで~」と返すような人間でした。

 

アニバーサリーにこだわらない、趣味の対象にお金と時間を使うことを不快に思わない、そして何より嫉妬したり馬鹿にしたりしないという

オタクの夫として最高!と思うような人です。

 

私は元々男性が得意ではなくて、夫と出会うまでは本当に上手くいかない恋愛ばかりでした。

でも、結婚したかったんです。

 

このご時勢結婚しなくても生きていける、それは本当だと思います。

でも、将来もし親が亡くなって、兄弟も家を出てしまって、

そんな時に毎日一人の部屋に帰ることは私には耐えられないと思っていました。

 

彼氏って言うより、夫って言うより、私の相棒が欲しかった。

二人三脚でやっていける親友みたいな関係で

かつ、私と一生一緒にいてくれる約束をしてくれる人が欲しかったんです。

 

 

なんとか一人、気の合う男性を見つけて、相棒になってくれるか見極めよう。

もしずっと一緒に暮らして欲しいと思えるような人なら、結婚しよう。

そう思って慣れない婚活を1年くらい続けていました。

 

当時は会話が弾むわけでもなく、こちらを値踏みしてくるような男性と毎日毎日会っているのが本当に辛くて…

「本当に私の家族になってくれる人はどこかにいるのかな?その人とちゃんと出会えるのかな?」と思うと怖くて怖くて

空振りの面接*1の後、疲れた心身をベッドに横たわらせて、夜も眠れずに泣いていました。

 

結婚って、年齢で決まるものではないですけれど、やっぱりピークの時期はあります。

私はこれといった取りえもないので、年齢で分類される前に決めるしかないという焦りが常に付きまとっていました。

 

そんな焦りを経てようやく出会った夫は、初めからからとても温厚な人だったので、この人なら!と思い、(私から申し出て)交際し、(私からせがんで)なんとか結婚に至りました。

 

夫とは基本的に会話が合うし、食の好みも同じだし、いつもありのままの自分でいられるので一緒にいると楽しいです。

音ゲーでフルコンする私を観て「すごいすごい!俺絶対できない!」と手放しで褒めてくれたり、

推しへの愛を泣きながら語っても静かに聴いてくれたり、

チケット争奪に負けて「もう死んじゃう」「降りたい」と病む私をずっと慰めてくれたり、

ライブで疲れたというわがままな私にマッサージをしてくれたり、

会場まで迎えに来てくれたり、とても尽くすタイプの人なので本当に感謝しています。

 

 夫はオタクの夫としても、私の夫としても本当にベストな人です。

とても大切に思っています。

 

でも、その反面、私は一度も夫にドキドキしたことがありません。

 

異性としての好ましさより、家族としての居心地の良さのほうがずっと勝っていて、

もちろん異性としても好きだけれど、それ以上に私の一番身近な存在なので

一緒にいると一人でいるときよりリラックスできるような人です。

 

さて、私にとってはそんな実生活で得られないときめきやドキドキを与えてくれるのが推し達です。

彼らを見ていて「胸が高鳴る」という表現の意味が初めてわかりましたし、「目が合うとドキドキする!」という感覚も初めてわかったように思います。

 

夫への気持ちは愛、推しへの気持ちはまるで恋のように感じます。

 

そして、遠く離れた世界の人へのささやかな恋心だからこそ、私は幸せに浸っていられます。

これが身近な人へ向けた恋愛感情だったらきっと生きていられなくて、苦しいばかりでつぶれていたと思います。

 

そして何より、こうして推しごとにこれだけ浸れるのはやっぱり夫と結婚したからだと思います。

 私は結婚したい女で、年齢的な制約も差し迫っていたので

そんな私が独身のままオタクを続けていても、今ほど趣味に没頭できなかったでしょう。

「ああ!こうしている間にも年を取っちゃう!どうしよう!私は本当に結婚できるのかな…?」と不安で

きっと観劇の予定を入れることもできず、そんな暇さえあれば婚活パーティに通っていただろうと思います。

 

でも、今日こうしてブログにこれらを綴ろうと思ったのは

推しごとが一番の生活もも少しずつ変えていかなくちゃ、それに慣れていかなくちゃと思ったからです。

 

我が家も普通の家庭のように、いずれマンションを買って、いずれ子供が欲しいねなんて話しています。

私は正直子供って得意じゃありません。

子供がいたら、今のような自由気ままな推しごとはもうできなくなるでしょう。

私は恥ずかしいくらい自分中心の人間です。

だから夫にも尽くしたことはないし、わが子だからって全てを投げ打って最優先できるか自信がありません。

 

でも、できる範囲でそうしなくてはいけないと思うし、

そのために少しずつ、現実の比重も増やしていかなくちゃ、と思います。

 

これまで本当に思う存分夢を見せてもらってきました。

私にはやっぱり、どれだけときめいても推しより家族が、夫が大切です。

だから彼と二人三脚で進んでいくことを考えなくてはいけません。

 

結婚につきものであるお互いの実家への訪問が、夏も予定されています。

その内の1日がちょうど公演と被っていて、しかも推しの出番の日で、

「あ~結婚なんてしてなければこの日に推しのお話が聞けたのに!!(;;)」と悔しくて苦しい気持ちになりました。

 

でも、そもそも子供がいたらどうなの?

いないとしたって、マンションの費用を貯めたいのに、いつまで全通を続けられるの?

 

切なくて苦しい気持ちで自問自答していました。

そして、これがいい機会だと思うようにすることにしました。

 

これまでがきっと人生のボーナスステージで、これからは我慢を覚えなくちゃいけないんだと思います。

だって、私は一人で生きていく覚悟も、スキルも持っていなくて

今のうちに結婚したかったんだから。

結婚に伴うわずらわしい行事や我慢が嫌なら、結婚なんてしないで生きていけるようになればいいだけのことだったんです。

でも私はそうできなかった。

 

だったら両方は取れません。

どちらか片方か、バランスを取って中庸を取るか、いずれかしかないんです。

 

きっと子供がいたら公演に行けるのは週末のマチネくらいでしょうね。

そして行けない平日の公演やソワレに推しの出番があることもきっと沢山あるでしょう。

 

その度にこんなに心が掻き乱れていたら暮らしていけない。

観れる機会があるだけ幸せだってこと、受け入れないと。

 

 

推しくん、私の人生に存在しなかったときめきやキラキラした夢をいつも沢山与えてくれてありがとう。

人生であなたに一番恋してる。

でもそれは本当のあなたそのものじゃなくて、あなたが一生懸命プロデュースして見せてくれる夢の世界のあなた。

私はどれだけあなたが好きでも、本当のあなたと出会える日はきっと一生来ない。

 

ずっと夢の中に浸っていたいけど、夢はいつか終わりが来るものだよね。

いきなりは醒められないだろうけど、

でもきっとしばらくの間夢をお休みする時期がやってくるのかな。

 

 私、本当の意味で大人になりたい。

本当の意味での奥さんになりたいのに、なれてない。

 

いつまでこんなに自分中心なのかな。

もし子供ができたら、私ちゃんとお母さんになれるのかな。

子供がいるのに今のままの私だったらどうしよう。

 

少しずつ色んなことを諦められるようになりたい。 

 大人になりたい。

*1:婚活のデートはいわゆる「デート♪」みたいに心が弾むようなものではないので、この界隈では面接と呼ばれたりしています。

私にとっても毎回辛い時間だったので、デートというより面接と呼ぶのがしっくりきます。